誰かのため?自分のため?自分の魂がやりたいことを、今すぐにやる練習をしました。
今日は、ここのところ仲良くさせていただいている方のカウンセリングをさせてもらっていました。課題は、心のモヤモヤ。わたしは本当にこれがやりたいのか?何か違うんじゃないのか?という葛藤でした。
自分が本当にやりたいと思った理想を、見えるかたちに具体化していったら、思い描いていたものと何か違った。今の仕事は適職ではあると思うけど、天職ではないのではないか?ずっと人のために、人のためにと思ってやってきた。でも、そうじゃなくて、自分のために、自分を喜ばせてあげなくちゃいけないんじゃ?
ここまでの話を聞きながら、僕が感じていたのは「あ、これ、今の僕と同じ状況じゃん」ということでした。そうです、たぶん、ふたりは同じような状況に立たされていて、同じようなモヤモヤを抱えていたのでした。
たぶん、自分が経験した乗り越えたことしか、人には伝えられないのだと思います。だから、カウンセリングをしていたつもりが(相手の方は、対話の中から発見がありモチベーション急上昇)、いつの間にか立場が逆転して、いつしか僕の悩みを聞いてもらう格好になっていました。
自分の道が見えたと言って、やりたいことをやるために独立して、カウンセリング100人目標を掲げてがんばって。でも、また迷いが生まれてしまい、そんなモヤモヤを抱えながら、「自分探しのお手伝い」なんて言ってられるのか。誰かのためなのか、自分のためなのか。自分との約束は、自分を殺してまで守るべきなのか。
いただいたアドバイスは、自分を喜ばせてあげようということ。魂の声を聞くこと(ホ・オポノポノ的に言えば、ウニヒピリにつながるとなりましょうか)。「こうやって話をしていて、魂が喜ぶことって聞いて何が思い浮かびましたか?」という質問に、ついつい頭で考えそうになる自分に、「頭じゃなくって、感じてみて」と何度も促され、「ああ、そうか、これかも」と。
その後に、「今日やるんですよ」と念押しされ、その場は別れ、帰りに「これかも」を実践してみました。なんだ、僕だって自分のやりたいこと、今すぐにやれるじゃんと、ひとつ勇気をもらうことができました。
はい。ありがとうございました。今は少し、身も心もスッキリです。