ポエジー*ミズノケイスケの「IDD=アイディーしてる?」

【IDD=アイデンティティデザイン】その人らしさ、個性を何かしらの意図をもって表現しているさま。

ぼくが死んだら、娘に何を残せるだろうか。

生と死、生きることと死ぬこと、看取ること。

そういったことをテーマにした映画を観ました。

 

 

「 死んだら終わり、何もなくなる」というのは大間違いなんだと、気づきました。

 

 

どれだけ、真っ直ぐに生きたか。信頼を積み重ねたか。

偽らず、本音でぶつかる。

生き様、生きる姿勢。

その結果、世の中に影響を与えたことが、残るもの。

 

 

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この映画の監督のご主人、亡くなってはいるけれど、こうしてぼくはメッセージを受け取っていますもの。

 

 

 

 

ジョン・レノンは、本当に死んだのか?

 

死をテーマにした哲学イベントで、そんな話題が出ました。

ぼくが生まれて、1年後には死んでしまったジョンのメッセージを、もう何年も受け取っていますもの。

 

 

 

この映画を見て、死生観が変わりました。

死を、ひとつ違う視点で見られるようになりました。

 

 

***

 

死んでも終わらないと知る。
死んでも、残っていく。
死は終わりかもしれないが、無ではない。
死はゴールじゃなくて、通過点。
死んで何を残すかをイメージしながら生きる。
目線は高く遠く、その先をイメージしながら、目の前を生きる。
日々、目の前の選択を、死のその先を見ながらする。
父がぼくに残してくれたメッセージがある。
では、ぼくは娘に何を残せるだろうか。

 

***

 

 

「 死んだら終わり、何もなくなる」というのは大間違い。

 

 

どれだけ、真っ直ぐに生きたか。信頼を積み重ねたか。

偽らず、本音でぶつかる。

生き様、生きる姿勢。

その結果、世の中に影響を与えたことが、残るもの。

 

 

 

長谷川監督は、映画上映後の講演会で、題字に込められた意味を教えてくれました。

 

 

「いきたひ」この題字は「生死」ではありません。

生と死がつながってできています。

ふたつはつながっている。

生と死をわけてはいけない。

先人たちの死の上に、すべてがなりたいっている。

自己否定は、先人たちの否定。

いずれくる、自分の死の上に生がある。

死の否定は、自分の否定。

 

 

 

2年前の今日、父は灰になった。

最期の言葉は、「さみしくない」、ぼくにはそう聞こえた。

父からのメッセージは、まだ暗号みたいだけど。

そのうち見えてくるよね。

 

 

さあ、ぼくは、娘に何を残そうか。